近年、私たちの身の回りには、人手不足の深刻化やデジタル技術の飛躍的な進歩を背景に、防火管理者・従業員が常時滞在しない、または長時間不在となる新たな運営形態の施設、通称「関係者不在施設」が急速に増加しています。これは、コインランドリーやATMのような常時無人の施設から、夜間のみ従業員が不在となる24時間営業のフィットネスジム、さらには無人ホテルといった多岐にわたる業態に及んでいます。
しかし、現行の消防法における防火管理制度は、施設内に「人が常駐していること」を基本的な前提としており、このような新しい運営形態の実態との間に大きな乖離が生じています。このため、火災予防対策の分野において、これまでの枠組みでは対応しきれない様々な課題が顕在化しているのです。
本記事では、この関係者不在施設における防火管理の現状と課題、そしてデジタル技術を積極的に活用した、効果的かつ実践的な防火管理体制について詳しく掘り下げていきます。
まず、「関係者不在施設」の定義から確認しましょう。ここでいう「関係者」とは、防火対象物の所有者、防火管理者、または従業員を含む占有者を指します。そして、「関係者不在施設」とは、営業中に従業員などの関係者を配置しない施設をいいます。
この「不在」には二つの形態があります:
このような関係者不在施設は、労働力不足だけでなく、デジタル技術の発展やコロナ禍の影響による非対面サービスのニーズ増加などを背景に、今後さらに増加することが予想されており、その防火安全対策の整備は**喫緊の課題**と認識されています。
関係者不在施設は、従来の防火管理制度の前提と異なるため、以下のような多岐にわたる課題を抱えています。
関係者不在施設は、従来の防火管理制度や訓練内容が、関係者が災害時に施設にいないことを想定しておらず、実態にそぐわないものとなっている課題があります。
施設の用途や使用実態に応じて、異なる火災リスクが存在するため、それぞれに応じた安全対策が必要となります。
防火管理者の「重複選任」とは、複数の防火対象物において同一の防火管理者を重複して選任することを指します。
東京消防庁は、消防法施行令第3条に基づき、防火管理者が「防火管理上必要な業務を適切に遂行することができる管理的又は監督的な地位にあるもの」である必要があるとしています。そのため、重複選任は、管理対象物が多数となることによる管理の困難性や、管理すべき対象物に勤務していないことによる初期対応の困難性から、防火管理上必要な業務を適切に遂行できない可能性が高いと判断し、極力これを避け、防火対象物ごとに当該事業所に勤務する従業員から防火管理者を選任するよう指導しています。
しかし、防火管理者を満たし得る者が事業所に勤務していないなどの理由により、**例外的に重複選任が認められるケースもあります。これには、以下のような基準が示されています:
例外的に重複選任が認められる場合でも、以下の要件を満たす必要があります:
ただし、どのような場合であっても、防火管理の最終責任は管理権原者および防火管理者にあることに変わりはありません。
東京消防庁が設置する火災予防審議会は、関係者不在施設に係る防火安全ガイドライン(案)を公表しました。(令和7年3月)
関係者不在施設において、防火管理者が複数の施設を管理し、かつ各施設に常駐する関係者もいない「重複選任かつ関係者不在型」の形態は、最も深刻な課題を抱えているとされています。これは、複数の施設を管理する防火管理者が現地に不在であることに加え、各施設にも日常的な管理を行う者がいないという二重の困難に直面するためです。
特に、店舗数の多い事業者では、実質的な権限を持たないアルバイト従業員等を防火管理者に選任せざるを得ない状況も見受けられ、有事の際の指揮に不安があるほか、従業員の入れ替わりが激しいことによる選任業務の負担も課題です。また、重複選任の可否について消防署ごとに判断が異なり、チェーン展開する事業者からは統一的な運用基準を求める声も上がっています。
こうした課題に対応するため、関係者不在施設に関する新たなガイドライン(案)では、ガイドラインへの適合を、防火管理者の重複選任を認める要件とすることを提案しています。これにより、ガイドラインの実効性を向上させるとともに、これまで曖昧だった重複選任の運用基準の明確化にも繋がることを目指しています。
前述の課題を踏まえ、関係者不在施設における防火管理体制は、従来の人的管理を前提とした考え方から、監視カメラやセンサーなどのデジタル技術を積極的に活用し、日常の管理や火災時の対応を確保する方向へ転換することが求められています。
新しいガイドラインでは、全ての関係者不在施設に共通して講じるべき「共通対策」と、施設の用途や利用実態に応じた「個別対策」が示されています。
利用者が施設利用前に、関係者が不在であることを認識できるよう、施設の出入口付近への掲示や、会員登録・予約時の通知など、複数の方法で周知を徹底します。外国人利用者が多い場合は多言語対応も考慮します。
災害発生時に、警備会社を含む関係者が現場へ**駆けつけ対応できる体制**を整え、現場の保存、関係機関への対応、施錠管理、現場復旧等の判断、利用者への周知ができるようにします。
従業員の監視が行き届かないリスクを考慮し、入退出者の管理(監視カメラ、機械による身分確認など)や可燃物の管理徹底(整理整頓、施錠など)を行います。
危険物品の持ち込みや喫煙行為による出火リスクを低減するため、危険物品の持ち込み禁止、喫煙場所以外での喫煙禁止を徹底します。
利用者が初期消火を行う可能性を想定し、消火器の設置位置や使用方法を周知します。特に室内の出入口付近への優先配置を推奨し、利用者が安全に退路を確保しながら消火できるよう配慮します。法令で設置義務がない小規模施設でも、出入口付近に能力単位を満たす消火器を設置することが求められます。
関係者が常に火災の発生を知り通報できる体制に加え、利用者が火災を発見した場合にも速やかに通報できるよう、通報要領を見やすい位置に掲示します。関係者は自動火災報知設備や警備会社の火災センサーから火災信号の移報を受け、火災発生を確実に知ることができる体制を整えます。
火災を早期に利用者に周知し避難を促すために、自動火災報知設備等(住宅用火災報知器等を含む)の設置を推進します。また、誘導灯の設置、二方向避難の確保(避難器具を含む)、避難経路図の掲示(消火器などの設置位置も併記)を徹底します。室内の壁・天井は準不燃材料とし、防炎物品を使用します。
火災発生時に消防機関が関係者へ連絡をとれるよう緊急連絡先を掲示します。また、監視場所がある場合は、そこで収集した情報を消防機関に提供できる体制を整えます。自動火災報知設備が設置されている場合、消防隊が現場到着時に入口扉の自動解錠など、受信機に容易に到達できる措置を講じます。
施設の利用実態により火災発生時のリスクが増大するため、以下の施設では個別の強化対策が求められます。
就寝中の人命危険が高いため、自動消火設備等の設置や、内装仕上げの準不燃化、防炎物品・防炎製品の使用が必須です。
出火・延焼危険が高いため、火気使用器具に過熱防止等の安全装置を設置し、内装仕上げの準不燃化、防炎物品・防炎製品の使用を求めます。
火災の周知が遅れるおそれがあるため、自動火災報知設備等の設置、個室内でも有効に警報音を聞き取れる措置、内装仕上げの準不燃化、防炎物品の使用(防炎製品の努力義務)が求められます。
消防隊の進入や利用者の避難に支障となる可能性があるため、自動火災報知設備と連動した自動解錠システムや非常用サムターン錠等による解錠システムを講じます。停電時には自動で解錠状態となるか、手動で解錠できる措置が必要です。
関係者不在施設における防火管理体制の強化において、デジタル技術の活用は極めて重要な役割を果たすと期待されています。
これらのガイドラインを踏まえ、関係者不在施設では、実効性のある防火管理体制を構築し、適切に運用することが求められます。
ガイドラインの内容を理解し、必要な権限が付与された適切な人材を選任することが重要です。
関係者不在時の対応やデジタル技術を活用した管理体制について明確に定めた、施設の実態に即した計画を作成します。
ガイドラインで示された方法に基づき、施設の実態に合わせて実施し、点検結果を記録・改善に繋げることが重要です。原則毎日実施が求められますが、施設の用途や規模、利用状況に応じて頻度を適切に設定することも可能です。
机上訓練だけでなく、実践的な訓練を定期的に実施し、関係者や防火管理業務に関わる外部事業者への防災教育も行います。
自主検査を外部事業者に委託する場合は、点検項目、報告体制、異常時の対応などを契約で明確にし、消防計画にも記載させ、実施状況を確認することが不可欠です。
ガイドラインの内容を共有し、相互に協力して連携を密にすることで、特に緊急時の連絡体制や情報共有体制を整備することが重要です。
東京消防庁火災予防審議会が作成した、本ガイドラインは行政指導の指針であり、法的な義務を課すものではありません。そのため、その実効性を高めるための策が提案されています。
ガイドラインに適合した関係者不在施設を認証し、東京消防庁のウェブサイトや民間の地図情報に表示することで、利用者が安全な施設を選択しやすくなり、事業者側も防火管理意識の向上や広報効果を得られるというメリットが期待されます。
先述の通り、関係者不在施設における防火管理者の重複選任を認める要件として、このガイドラインへの適合を求めることで、ガイドラインの実効性向上と重複選任基準の明確化を図ります。
関係者不在施設は、その全体像が十分に把握できていない新たな利用形態であり、今後も技術革新に対応した継続的な検討と改善が必要です。火災事例の収集・分析を通じたリスク評価や対策の改善も不可欠です。
本ガイドラインが、関係者不在施設における防火安全対策の礎となり、より安全な社会の実現に貢献していくことが期待されます。私たちが新しい生活様式やサービスを享受する一方で、見過ごされがちな火災リスクに対し、事業者と利用者双方の意識と連携、そしてテクノロジーの力を結集した新しい防火管理体制の構築が、今、強く求められているのです。
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