無人・省人化時代の火災安全対策:関係者不在施設の防火管理とは?

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近年、私たちの身の回りには、人手不足の深刻化やデジタル技術の飛躍的な進歩を背景に、防火管理者・従業員が常時滞在しない、または長時間不在となる新たな運営形態の施設、通称「関係者不在施設」が急速に増加しています。これは、コインランドリーやATMのような常時無人の施設から、夜間のみ従業員が不在となる24時間営業のフィットネスジム、さらには無人ホテルといった多岐にわたる業態に及んでいます。

 

しかし、現行の消防法における防火管理制度は、施設内に「人が常駐していること」を基本的な前提としており、このような新しい運営形態の実態との間に大きな乖離が生じています。このため、火災予防対策の分野において、これまでの枠組みでは対応しきれない様々な課題が顕在化しているのです。

 

本記事では、この関係者不在施設における防火管理の現状と課題、そしてデジタル技術を積極的に活用した、効果的かつ実践的な防火管理体制について詳しく掘り下げていきます。

 

1. 「関係者不在施設」とは何か?その増加の背景

 

まず、「関係者不在施設」の定義から確認しましょう。ここでいう「関係者」とは、防火対象物の所有者、防火管理者、または従業員を含む占有者を指します。そして、「関係者不在施設」とは、営業中に従業員などの関係者を配置しない施設をいいます。

 

この「不在」には二つの形態があります:

  • 常時不在:営業中に常に全く関係者がいない状態を指します(例:コインランドリー、ATM)。
  • 一部不在:営業中の一部の時間帯に限って関係者が不在となる状態を指します(例:夜間無人となるスポーツジム、一部のインターネットカフェ)。

このような関係者不在施設は、労働力不足だけでなく、デジタル技術の発展やコロナ禍の影響による非対面サービスのニーズ増加などを背景に、今後さらに増加することが予想されており、その防火安全対策の整備は**喫緊の課題**と認識されています。

2. 関係者不在施設が抱える防火管理上の課題

関係者不在施設は、従来の防火管理制度の前提と異なるため、以下のような多岐にわたる課題を抱えています。

2.1. 日常の防火管理体制における課題

  • 防火管理体制の基準の不明確さ: 従業員が不在となる時間帯の防火管理体制を消防計画でどのように定めるべきか、その具体的な基準が明確になっていません。
  • 防火管理者の重複選任の問題: 複数の施設で同一の防火管理者を選任するケース(重複選任)が見られますが、管理対象物の多さや、防火管理者が施設に勤務していないことによる管理の困難性が指摘されています。これについては後ほど詳しく解説します。
  • 自主検査の実効性確保: 火災予防上重要な日常点検(自主検査)について、関係者不在施設では、防火管理者自身、関係者、または外部事業者が巡回点検を行うパターンが確認されていますが、特に外部事業者への委託では防火管理上の責任が不明確になりやすく、点検内容の実効性確保が課題となっています。
  • 施設の維持管理の不十分さ: 関係者が不在であるため、清掃や出火危険要因の排除といった施設の維持管理が適切に行われないことがあります。
  • 消防訓練の形骸化: 関係者が災害時に施設にいないことを想定していないため、訓練内容が実態にそぐわないものとなる課題があります。
  • 建物全体の防火管理との連携不足: ビルのテナントとして入居している施設では、建物全体の消防計画との整合性確保が課題となることがあります。

2.2. 火災発生時の初期対応における課題

  1. 火災発見の遅れ:

    • 自動火災報知設備や警備会社の感知器が設置されていない小規模施設では、火災発見が遅れる可能性があります。
    • 宿泊施設や個室利用施設では、就寝中の利用者や個室内の利用者が火災に気付きにくく、発見の遅れが避難の遅れにつながる懸念があります。
    • 関係者が施設から離れた場所にいる場合、火災発生の迅速な把握が困難になります。

  2. 初期消火活動の不足:

    • 多くの施設で消火器は設置されていますが、関係者不在時には利用者による初期消火を期待する運用となっており、その実効性には課題が残されています。

  3. 避難誘導の困難性:

    • 避難経路や避難口は確保されていても、関係者が不在の状況では利用者の自主的な判断に委ねられており、火災発生時に適切な避難誘導を行う者がいません。

  4. 消防活動支援の不足:

    • 消防隊との連絡体制や進入経路の確保が不十分な施設が多く、セキュリティシステムが消防隊の進入を遅らせる可能性もあります。

2.3. 新たな利用形態と既存制度の不適合

関係者不在施設は、従来の防火管理制度や訓練内容が、関係者が災害時に施設にいないことを想定しておらず、実態にそぐわないものとなっている課題があります

2.4. 個別リスクへの対応の必要性

施設の用途や使用実態に応じて、異なる火災リスクが存在するため、それぞれに応じた安全対策が必要となります。

  • 宿泊施設: 就寝中の利用者の火災発見の遅れ、延焼拡大のおそれ、適切な避難誘導の困難性などが課題です。
  • 火気使用施設: 火気使用による出火の増大や、火災発生時の被害拡大の抑制が困難となることが課題です。
  • 個室利用施設: 個室内での火災発見の遅れや避難誘導の困難性が課題です。
  • 入退室セキュリティ施設: セキュリティシステムが消防隊の進入を遅らせる可能性や、避難誘導を妨げるおそれがあります。

3. 防火管理者の「重複選任」問題と新しい指針

 

防火管理者の「重複選任」とは、複数の防火対象物において同一の防火管理者を重複して選任することを指します。

3.1. 原則と例外的な取扱い

東京消防庁は、消防法施行令第3条に基づき、防火管理者が「防火管理上必要な業務を適切に遂行することができる管理的又は監督的な地位にあるもの」である必要があるとしています。そのため、重複選任は管理対象物が多数となることによる管理の困難性や、管理すべき対象物に勤務していないことによる初期対応の困難性から、防火管理上必要な業務を適切に遂行できない可能性が高いと判断し、極力これを避け、防火対象物ごとに当該事業所に勤務する従業員から防火管理者を選任するよう指導しています。

 

しかし、防火管理者を満たし得る者が事業所に勤務していないなどの理由により、**例外的に重複選任が認められるケースもあります。これには、以下のような基準が示されています:

  1. 2以上の建物を持つ貸ビル業者等が管理する防火対象物で、管理拠点が東京消防庁管内にある場合。
  2. 同一管理権原者の管理する区域内にある公共機関の庁舎や鉄道駅舎。
  3. 外部選任される防火管理者が、他の防火管理義務対象物の防火管理者として外部選任される場合。
  4. 同一団地内の共同住宅等で、内部選任される防火管理者が他の棟の共同住宅等の防火管理者に外部選任される場合。
  5. 賃貸用共同住宅等の所有者が、自らを防火管理者として選任する場合。
  6. 事業所の防火管理者と居住する共同住宅等の防火管理者を兼ねる場合。
  7. 公営住宅や社宅で、耐火構造であるなどの特定の適用範囲を満たすもの。
  8. 近接地に存在する場合など、社会通念上、一体的な防火管理体制により業務が適正に遂行できると認められる場合**。
  9. 上記のいずれにも該当しないが防火管理者が選任できない場合は、管轄の消防署への相談が必要です。

3.2. 重複選任する場合の要件と責任

例外的に重複選任が認められる場合でも、以下の要件を満たす必要があります:

  1. 防火管理者は、必ず甲種防火管理者であること。
  2. 防火管理義務対象物ごとに必ず防火担当責任者を定めること。
  3. 防火担当責任者が日常的に行う業務や管理内容を、定期的に防火管理者に報告する内部事務手続きの要領を定め、防火管理に係る消防計画に明記すること。

ただし、どのような場合であっても、防火管理の最終責任は管理権原者および防火管理者にあることに変わりはありません

3.3. 関係者不在施設における重複選任の課題とガイドライン(案)の公表

東京消防庁が設置する火災予防審議会は、関係者不在施設に係る防火安全ガイドライン(案)を公表しました。(令和7年3月)
関係者不在施設において、防火管理者が複数の施設を管理し、かつ各施設に常駐する関係者もいない「重複選任かつ関係者不在型」の形態は、最も深刻な課題を抱えているとされています。これは、複数の施設を管理する防火管理者が現地に不在であることに加え、各施設にも日常的な管理を行う者がいないという二重の困難に直面するためです。

 

特に、店舗数の多い事業者では、実質的な権限を持たないアルバイト従業員等を防火管理者に選任せざるを得ない状況も見受けられ、有事の際の指揮に不安があるほか、従業員の入れ替わりが激しいことによる選任業務の負担も課題です。また、重複選任の可否について消防署ごとに判断が異なり、チェーン展開する事業者からは統一的な運用基準を求める声も上がっています。

 

こうした課題に対応するため、関係者不在施設に関する新たなガイドライン(案)では、ガイドラインへの適合を、防火管理者の重複選任を認める要件とすることを提案しています。これにより、ガイドラインの実効性を向上させるとともに、これまで曖昧だった重複選任の運用基準の明確化にも繋がることを目指しています。

4. 関係者不在施設のための新たな防火安全対策

前述の課題を踏まえ、関係者不在施設における防火管理体制は、従来の人的管理を前提とした考え方から、監視カメラやセンサーなどのデジタル技術を積極的に活用し、日常の管理や火災時の対応を確保する方向へ転換することが求められています。

 

新しいガイドラインでは、全ての関係者不在施設に共通して講じるべき「共通対策」と、施設の用途や利用実態に応じた「個別対策」が示されています。

4.1. 全ての関係者不在施設に求められる「共通対策」

関係者不在であることの周知:

利用者が施設利用前に、関係者が不在であることを認識できるよう、施設の出入口付近への掲示や、会員登録・予約時の通知など、複数の方法で周知を徹底します。外国人利用者が多い場合は多言語対応も考慮します。

 

 

駆付対応体制の整備:

災害発生時に、警備会社を含む関係者が現場へ**駆けつけ対応できる体制**を整え、現場の保存、関係機関への対応、施錠管理、現場復旧等の判断、利用者への周知ができるようにします。

放火対策:

従業員の監視が行き届かないリスクを考慮し、入退出者の管理(監視カメラ、機械による身分確認など)や可燃物の管理徹底(整理整頓、施錠など)を行います。

火気管理:

危険物品の持ち込みや喫煙行為による出火リスクを低減するため、危険物品の持ち込み禁止喫煙場所以外での喫煙禁止を徹底します。

初期消火対策:

利用者が初期消火を行う可能性を想定し、消火器の設置位置や使用方法を周知します。特に室内の出入口付近への優先配置を推奨し、利用者が安全に退路を確保しながら消火できるよう配慮します。法令で設置義務がない小規模施設でも、出入口付近に能力単位を満たす消火器を設置することが求められます。

通報・連絡体制の確保:

関係者が常に火災の発生を知り通報できる体制に加え、利用者が火災を発見した場合にも速やかに通報できるよう、通報要領を見やすい位置に掲示します。関係者は自動火災報知設備や警備会社の火災センサーから火災信号の移報を受け、火災発生を確実に知ることができる体制を整えます。

避難誘導対策:

火災を早期に利用者に周知し避難を促すために、自動火災報知設備等(住宅用火災報知器等を含む)の設置を推進します。また、誘導灯の設置、二方向避難の確保(避難器具を含む)、避難経路図の掲示(消火器などの設置位置も併記)を徹底します。室内の壁・天井は準不燃材料とし、防炎物品を使用します。

消防活動支援:

火災発生時に消防機関が関係者へ連絡をとれるよう緊急連絡先を掲示します。また、監視場所がある場合は、そこで収集した情報を消防機関に提供できる体制を整えます。自動火災報知設備が設置されている場合、消防隊が現場到着時に入口扉の自動解錠など、受信機に容易に到達できる措置を講じます。

4.2. 個別リスクに応じた「強化対策」

 

施設の利用実態により火災発生時のリスクが増大するため、以下の施設では個別の強化対策が求められます。

宿泊を目的とした施設:

就寝中の人命危険が高いため、自動消火設備等の設置や、内装仕上げの準不燃化、防炎物品・防炎製品の使用が必須です。

火気設備の使用を伴う施設:

出火・延焼危険が高いため、火気使用器具に過熱防止等の安全装置を設置し、内装仕上げの準不燃化、防炎物品・防炎製品の使用を求めます。

個室利用のある施設:

火災の周知が遅れるおそれがあるため、自動火災報知設備等の設置個室内でも有効に警報音を聞き取れる措置内装仕上げの準不燃化、防炎物品の使用(防炎製品の努力義務)が求められます。

入退出セキュリティを設けた施設:

消防隊の進入や利用者の避難に支障となる可能性があるため、自動火災報知設備と連動した自動解錠システムや非常用サムターン錠等による解錠システムを講じます。停電時には自動で解錠状態となるか、手動で解錠できる措置が必要です。

 

5. デジタル技術を活用した防火管理体制の進化

関係者不在施設における防火管理体制の強化において、デジタル技術の活用は極めて重要な役割を果たすと期待されています。

5.1監視カメラシステム

  • 高精細な映像により、施設の施錠状況や避難経路上の物品存置状況などをリアルタイムで遠隔確認できます。
  • AIを活用した画像認識技術により、人による常時監視なしに、避難経路の障害物や異常を自動検知し管理者に通知することが可能です。
  • 360度カメラは、防火対象物点検において遠隔からの活用も認められており、日常管理ツールとしての有効性が示されています。
  • クラウド保存**により、点検記録の効率化や、複数の施設の一元管理が可能となります

5.2センサー技術の活用

  • 放電検出ユニットは、電気火災の主な原因となるトラッキング現象や配線不良による異常な発熱・放電を検知し、警報を発したり自動でブレーカーを遮断したりすることで、火災の発生を未然に防ぎます。
  •  煙・熱感知器や様々なセンサーを組み合わせることで、監視カメラでは捉えきれない死角の警戒可能になります。

5.3通報・連絡システム

  • 自動火災報知設備の警報信号を関係者に移報装置で通知することで、迅速な火災発生の把握と通報を可能にします。
  • 小規模施設向けには、設置が容易でコストを抑えられる「特定小規模施設用自動火災報知設備」の活用が効果的です。
  • セキュリティ自動通報装置は、火災だけでなく侵入や設備異常などの信号も関係者へ自動通報でき、多言語対応のシステムも導入が推奨されます。

5.4避難誘導支援システム:

  • デジタルサイネージは、火災発生時に避難経路や避難場所を多言語でリアルタイムに表示できるため、外国人利用者や聴覚障害者などにも適切な避難情報を伝えることができます。
  • クラウド型放送設備は、ネットワークを介して遠隔から複数施設へ一斉放送や選択放送を可能にし、利用者に避難を促したり状況説明を行ったりできます。
  • これらのシステムを監視カメラと組み合わせることで、利用者の避難状況を把握し、より適切な避難誘導支援を行うことが可能となります。

6. 防火管理体制の構築と適切な運用

これらのガイドラインを踏まえ、関係者不在施設では、実効性のある防火管理体制を構築し、適切に運用することが求められます。

6.1防火管理者の選任:

ガイドラインの内容を理解し、必要な権限が付与された適切な人材を選任することが重要です。

6.2消防計画の作成:

関係者不在時の対応デジタル技術を活用した管理体制について明確に定めた、施設の実態に即した計画を作成します。

6.3火災予防上の自主検査:

ガイドラインで示された方法に基づき、施設の実態に合わせて実施し、点検結果を記録・改善に繋げることが重要です。原則毎日実施が求められますが、施設の用途や規模、利用状況に応じて頻度を適切に設定することも可能です。

6.4消防訓練の実施:

机上訓練だけでなく、実践的な訓練を定期的に実施し、関係者や防火管理業務に関わる外部事業者への防災教育も行います。

6.5外部事業者の活用:

自主検査を外部事業者に委託する場合は、点検項目、報告体制、異常時の対応などを契約で明確にし、消防計画にも記載させ、実施状況を確認することが不可欠です。

6.6関係者間の連携:

ガイドラインの内容を共有し、相互に協力して連携を密にすることで、特に緊急時の連絡体制や情報共有体制を整備することが重要です。

 

 

7. ガイドラインの実効性向上と今後の展望

 

東京消防庁火災予防審議会が作成した、本ガイドラインは行政指導の指針であり、法的な義務を課すものではありません。そのため、その実効性を高めるための策が提案されています。

7.1適合対象物の認証制度導入と地図情報への反映:

ガイドラインに適合した関係者不在施設を認証し、東京消防庁のウェブサイトや民間の地図情報に表示することで、利用者が安全な施設を選択しやすくなり、事業者側も防火管理意識の向上や広報効果を得られるというメリットが期待されます。

7.2重複選任を認める要件への組み込み:

先述の通り、関係者不在施設における防火管理者の重複選任を認める要件として、このガイドラインへの適合を求めることで、ガイドラインの実効性向上と重複選任基準の明確化を図ります。

 

関係者不在施設は、その全体像が十分に把握できていない新たな利用形態であり、今後も技術革新に対応した継続的な検討と改善が必要です。火災事例の収集・分析を通じたリスク評価や対策の改善も不可欠です。

 

本ガイドラインが、関係者不在施設における防火安全対策の礎となり、より安全な社会の実現に貢献していくことが期待されます。私たちが新しい生活様式やサービスを享受する一方で、見過ごされがちな火災リスクに対し、事業者と利用者双方の意識と連携、そしてテクノロジーの力を結集した新しい防火管理体制の構築が、今、強く求められているのです。

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