防火管理者の選任の必要な建物と実務フロー

火災による被害を最小限に抑えるため、建物の用途や規模に応じて「防火管理者の選任」が義務付けられています。しかし、「うちの建物は本当に必要なのか?」「収容人員の数え方は?」「甲種と乙種、どちらの資格が必要なのか?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。


本記事では、消防法第8条および東京都火災予防条例第55条の3に基づく「防火管理者が必要な防火対象物」の判断基準と、収容人員・面積の算定方法についてわかりやすく解説します。




1. 防火管理者とは?


防火管理者とは、消防法第8条に基づき、建物における防火管理体制を整え、火災予防のための実務にあたる責任者です。具体的には、消防計画の作成、避難訓練の実施、消防用設備等の点検・整備、火気の使用や取扱いに関する監督、収容人員の管理などを行います。


防火管理者は、防火管理上必要な業務を適切に遂行できる「管理的又は監督的な地位」にある者で、防火管理に関する資格を有していることが必要です(消防法施行令第3条)。


【重要ポイント】
防火管理者の選任が必要な建物では、建物所有者だけでなく、すべてのテナントごとに防火管理者の選任が必要です。各テナントの管理権原者(事業主等)がそれぞれ選任義務を負います。



2. 防火管理者が必要な防火対象物


防火管理者の選任が必要な建物は、消防法第8条(①〜⑤)および東京都火災予防条例第55条の3(⑥〜⑨)に基づき、以下のように定められています。


2-1【消防法第8条による防火対象物】


番号 区分 対象となる施設・説明 選任基準 必要な資格
自力避難困難者が入所する社会福祉施設等を含む防火対象物

消防法施行令別表第一(6)項ロに掲げる用途を含む防火対象物。特別養護老人ホーム、認知症高齢者グループホーム、障害児入所施設、救護施設など、火災発生時に自力で避難することが著しく困難な者が入所する施設。
※(16)項イ・(16の2)項で(6)項ロが存するものを含む。

防火対象物全体の収容人員が10人以上

甲種防火管理者
(テナント単位では乙種で可の場合あり※後述)

特定用途の防火対象物

不特定多数の者が利用する施設。飲食店、物品販売店舗、ホテル・旅館、病院・診療所、劇場・映画館、遊技場、百貨店など。
(①に該当するものを除く)

防火対象物全体の収容人員が30人以上

甲種防火管理者
又は
乙種防火管理者
(延べ面積により区分※後述)

非特定用途の防火対象物 主に特定の者のみが利用する施設。共同住宅、学校、工場、倉庫、事務所、寺院など。 防火対象物全体の収容人員が50人以上

甲種防火管理者
又は
乙種防火管理者
(延べ面積により区分※後述)

新築工事中の建築物 総務省令で定めるもの 収容人員が50人以上で、かつ地階を除く階数が11以上のもの 甲種防火管理者
建造中の旅客船 船舶安全法第8条に規定する旅客船で総務省令で定めるもの 収容人員が50人以上で、かつ甲板数が11以上のもの 甲種防火管理者


【法令根拠の補足】
①の「(6)項ロ」の10人以上という基準は、平成19年の消防法施行令改正により強化されたものです。それ以前は収容人員30人以上が基準でしたが、平成18年の長崎県大村市のグループホーム火災を受けて、自力避難困難者が入所する施設の防火安全対策が強化されました。



2-2【火災予防条例第55条の3による防火対象物】


以下は東京都火災予防条例に基づく規定です。他の自治体では条例の規定が異なる場合がありますので、所在地の条例を必ず確認してください。


番号 区分 選任基準 必要な資格
屋外・屋内の危険物貯蔵所 危険物の合計が指定数量の1,000倍以上 甲種防火管理者
指定可燃物の貯蔵・取扱い施設 床面積の合計が1,500㎡以上 甲種防火管理者
屋内駐車場 50台以上の車両を収容 甲種防火管理者
車両の停車場 地下に乗降場を有するもの 甲種防火管理者



3. 防火管理者の資格区分(甲種・乙種の判定基準)


防火管理者の資格には甲種乙種の2種類があります。甲種防火管理者はすべての防火対象物で選任できますが、乙種防火管理者は小規模な防火対象物に限定されます。


資格区分の判定は、「建物全体」の区分と「テナント単位」の区分の2段階で考える必要があります。


3-1 建物全体の区分(甲種防火対象物・乙種防火対象物)


甲種防火対象物(甲種防火管理者が必要) 乙種防火対象物(乙種防火管理者でも可)

・(6)項ロを含む防火対象物で収容人員10人以上のもの
・上記以外の特定用途防火対象物で、収容人員30人以上かつ延べ面積300㎡以上のもの
・非特定用途防火対象物で、収容人員50人以上かつ延べ面積500㎡以上のもの
・④〜⑨に該当するもの

・(6)項ロを含まない特定用途防火対象物で、収容人員30人以上かつ延べ面積300㎡未満のもの
・非特定用途防火対象物で、収容人員50人以上かつ延べ面積500㎡未満のもの


3-2 テナント単位の資格区分


テナントの防火管理者に必要な資格は、テナントが入居する建物全体が甲種防火対象物か乙種防火対象物かによって異なります。


■ 乙種防火対象物のテナント
→ 乙種防火管理者で選任可能です。


■ 甲種防火対象物のテナント
→ 原則として甲種防火管理者が必要ですが、以下の場合は乙種防火管理者でも選任可能です。


テナントの用途・規模 乙種防火管理者で選任できる条件
(6)項ロ以外の特定用途テナント テナントの収容人員が30人未満
(6)項ロの用途のテナント テナントの収容人員が10人未満
非特定用途テナント テナントの収容人員が50人未満


【実務上の注意】
甲種防火管理者はすべての防火対象物で選任できますので、迷った場合は甲種の資格を取得しておくことをおすすめします。甲種の講習は2日間(乙種は1日間)で修了できます。



4. 収容人員の算定方法と注意点


4-1 収容人員の基本的な考え方


防火管理者の選任が必要かを判断するための最も重要な基準が「収容人員」です。


収容人員とは、「防火対象物に出入りし、勤務し、又は居住する者の数」を消防法令に定められた方法で算定した人数です(消防法施行規則第1条の3)。


ここで重要なのは、収容人員は実際の利用者数ではなく、法令上の算定基準に基づいて計算した数値であるということです。実際の来客が少なくても、法令上の算定で基準を超えれば、防火管理者の選任が必要になります。


■ 算定の基本ルール

  • 従業者の数:正社員・臨時社員の区別なく、平常時における最大勤務者数。ただし、短期間かつ一時的に雇用される者は含みません。
  • 利用者・客席部分:用途に応じた床面積の除算または席数で算定します。
  • 複合用途防火対象物((16)項等)の場合:各用途部分をそれぞれの算定方法で計算し、合算します。
  • 端数処理:床面積を規定の数値で除した結果の1未満の端数は切り捨てます。



4-2 主な用途別の算定方法


収容人員の算定方法は消防法施行規則第1条の3で用途ごとに細かく規定されています。以下に主な用途の概要を示します。


用途区分 算定方法の概要 計算例
(3)項 飲食店

①従業者の数
②客席部分:固定式いす席→いす席数(長いす式は正面幅÷0.5m)、その他→床面積÷3㎡
①+②の合計

従業者5人+固定いす20席+和室12㎡÷3㎡=5+20+4=29人
(4)項 物品販売店舗

①従業者の数
②客が使用する部分:飲食・休憩部分→床面積÷3㎡、その他→床面積÷4㎡
①+②の合計

従業者10人+売場400㎡÷4㎡=10+100=110人
(5)項イ ホテル・旅館

①従業者の数
②宿泊室:洋室→ベッド数、和室→床面積÷6㎡(簡易宿所等は÷3㎡)
③集会・飲食・休憩部分
①+②+③の合計

(6)項 病院等

①従業者の数
②病床数(入院施設がある場合)
③待合室等→床面積÷3㎡
①+②+③の合計

(15)項 事務所

①従業者の数
②主として従業者以外の者が使用する部分(応接室・会議室・ロビー等)→床面積÷3㎡
①+②の合計

従業者30人+会議室60㎡÷3㎡=30+20=50人


【実務上のポイント】
上記は概要です。劇場、映画館、遊技場、病院(入院あり)、共同住宅など、用途によってさらに詳細な算定ルールがあります。正確な算定には、管轄の消防署に確認しながら進めることをおすすめします。
参考:収容人員の算定方法(用途別詳細)



4-3 延べ面積の定義と防火管理上の意味


「延べ面積」とは、建物の各階の床面積の合計を指します。


計算例:
1階:100㎡、2階:150㎡ → 合計:250㎡ = 延べ面積250㎡


延べ面積は、防火管理者の選任の要否そのものではなく、甲種・乙種の資格区分を判断する際に使われます。選任の要否はあくまで「収容人員」で判断し、「延べ面積」は甲種・乙種どちらの資格が必要かを決める基準です。


■ 複合用途ビルの注意点


複数の用途が混在する建物(例:1階が飲食店、2階が事務所)では、以下に注意が必要です。


  • 特定用途(飲食店・店舗等)が含まれていれば、建物全体が「特定用途の防火対象物」として扱われる場合があります。
  • 収容人員は各用途部分を用途別に計算し、合算して全体の収容人員とします。
  • テナントごとに管理権原が分かれていれば、それぞれのテナントで防火管理者の選任が必要です。



5. 統括防火管理者制度


管理権原が分かれている防火対象物(複数テナントが入居するビル等)では、建物全体の防火管理を統括する「統括防火管理者」の選任が必要になることがあります(消防法第8条の2)。


■ 統括防火管理者の選任が必要な防火対象物

  • 高層建築物(高さ31mを超える建物)
  • 特定防火対象物のうち、地階を除く階数が3以上で、かつ収容人員が30人以上のもの
  • 非特定用途の複合用途防火対象物のうち、地階を除く階数が5以上で、かつ収容人員が50人以上のもの
  • 地下街のうち消防長又は消防署長が指定するもの


統括防火管理者は、すべての管理権原者が協議のうえ選任し、建物全体の消防計画の作成や訓練の実施等を行います。統括防火管理者の届出は、すべての管理権原者(建物所有者及び全テナント)に義務付けられています。


【よくある見落とし】
統括防火管理者に変更がなくても、新規テナントが入居した場合は、統括防火管理者選任届出と全体の消防計画の再届出が必要です。



6. 防火管理者選任の実務フロー


以下の流れに従って、防火管理体制を構築していきます。


ステップ1:管理権原者による状況把握

  • 建物の用途(消防法施行令別表第一の項別区分)を確認
  • 延べ面積・各階の床面積を確認
  • 収容人員を算定(法令の基準に基づいて計算)
  • 管理権原者(所有者・賃借人・管理会社等)を特定


ステップ2:防火管理者の選任

  • 管理的又は監督的地位にある者で、適切な資格(甲種又は乙種)を有する人物を選定
  • 資格がない場合は、防火管理講習を受講(甲種:2日間、乙種:1日間)
  • 管理権原者が正式に選任(辞令の発出等)


ステップ3:防火管理者選任届の提出

  • 様式に従い、所轄消防署に「防火管理者選任届出書」を提出
  • 提出期限:選任後遅滞なく(消防法第8条第2項)


ステップ4:消防計画の作成・届出

  • 防火対象物に応じた消防計画(消火・避難・通報手順、自衛消防組織等)を作成
  • 所轄消防署長に届出
  • ※選任届と消防計画の届出を同時に行うことも可能です。


ステップ5:訓練・点検の実施

  • 消防計画に基づき、年1回以上の消火・避難訓練を実施(特定用途は年2回以上)
  • 消防用設備等の定期点検の実施と記録保管


ステップ6:再講習の受講(該当する場合)

  • 収容人員300人以上の特定防火対象物の甲種防火管理者は、一定期間内に再講習の受講が義務付けられています。
  • 講習修了日以後の最初の4月1日から5年以内に再講習を受講する必要があります(選任日が講習修了日から4年を超える場合は、選任日から1年以内に受講)。



7. よくある誤解と注意点


Q1. テナントごとに防火管理者は必要ですか?


A. はい。管理権原がテナントごとに分かれていれば、それぞれが防火管理者の選任・届出の義務を負います。建物全体で1名だけ選任すれば良いということにはなりません。


Q2. 建物全体に1名だけ選任すれば良いですか?


A. 管理権原が一体(建物全体を1者が管理している場合)であれば1名で可能です。しかし、複数のテナントが入居し管理権原が分かれている場合は、各テナントで個別に選任が必要です。さらに、一定の要件を満たす場合は「統括防火管理者」の選任も必要になります。


Q3. 収容人員は実際に利用する人数ですか?


A. いいえ。収容人員は、消防法施行規則第1条の3に基づく算定方法で計算した数値であり、実際の利用者数とは異なります。飲食店であれば席数や床面積から算定し、実際に空席があっても関係ありません。


Q4. 延べ面積だけで選任義務が決まりますか?


A. いいえ。防火管理者の選任の要否は「収容人員」で判断します。延べ面積は、甲種と乙種どちらの資格が必要かを決める基準です。面積が小さくても収容人員が基準を超えれば選任義務があります。


Q5. 防火管理者の届出をしないとどうなりますか?


A. 防火管理者の選任・届出を怠った場合、消防署長からの是正命令が出されることがあります。命令に従わない場合は、消防法第44条に基づき、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科される可能性があります。また、届出義務違反には30万円以下の罰金又は拘留の罰則があります(消防法第44条の2)。


Q6. 所轄消防署ごとに判断が異なることはありますか?


A. 消防法の大枠は全国共通ですが、火災予防条例は自治体ごとに異なります。また、複合用途ビルの用途判定や、テナントの管理権原の範囲の判断などは、所轄消防署ごとの運用に差がある場合があります。不明な点は必ず所轄の消防署に事前相談することをおすすめします。



8. まとめ:防火管理の義務を見落とさないために


防火管理は単なるルールではなく、「人命と財産を守るための仕組み」です。防火管理者の選任義務は、用途・収容人員・延べ面積の3つの要素で判断されます。


以下のポイントを改めて確認しましょう。


  • 選任の要否は「収容人員」が基本:(6)項ロは10人以上、特定用途は30人以上、非特定用途は50人以上
  • 甲種・乙種の区分は「延べ面積」も加味:特定用途は300㎡、非特定用途は500㎡が境界線
  • 建物全体の判断に加え、テナントごとの選任も必要
  • 複合用途ビルでは用途別の面積計算と収容人員の合算が重要
  • 統括防火管理者が必要な場合もある(管理権原が分かれている場合)


不明な点がある場合は、所轄の消防署や防火管理に詳しい行政書士等の専門家に相談するのがおすすめです。


参考 防火管理者の資格要件


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